抑圧の中に生まれて

俺たちは欲しくもないモノを買って、好きでもない連中に気に入られようとしている

-『ファイトクラブタイラー・ダーデン

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 父と母の期待を背負って俺たちは産み落とされる。その期待はやがて友人から、教師から、社会からも背負わされる。

 努力をすることは素晴らしいと教えられる。金を稼ぐ人間は称賛される。課題を解決する人間は尊敬される。期待に応える人間は羨望のまなざしを集める。誰かが決めた価値観を達成するために誰かが作り上げた仕組みの中で皆が「成功と信じられる像」を目指す。そしていつかは価値観を作る側に回ってやろうと躍起になる。馬鹿げたラットレースを抜け出そうとしてラットレースの主催者側になろうとする。それが世の中なのか。

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 なんでもそつなくこなせる子供だった。勉強もスポーツも出来た。父にも母にも周囲の人間にも真っ当な人間、なにかを成し遂げる人間になることを期待されていて、その期待に応え続けてきた、と思う。

 でも俺は成功したいと思ったことも金持ちになりたいと思ったことも名声が欲しいと思ったこともない。欲しいものも無い。高い車、いい時計、ブランド物の装飾品を欲しいと思わない。

 いけそうだったから国立の「いい大学」に行った。先々で有利になりそうだから大学院を出た。働きたいと思わなかったが期待に応えるために「いい会社」に新卒で入社した。潰しがきくことをした方がいいと思ったからIT関連の勉強をして転職をした。収入が高く成長できる環境に身をおくのがトレンドらしいから外資コンサルとかいうステータスシンボルに身を預けた。でも、どれ一つとっても興味ない。強いて言うなら大学での勉強は楽しかったけど、楽しいと思ったはアカデミックなことばかりでプラクティカルなことは一切面白いと思わなかった。

 抑圧してばかりの人生だ。「自分がそうしたいと思ったから」という基準を持ったことがない。社会一般の基準の中で良いものを高位のものを期待されるものを選び続けてきた。そしてそれが自分の選択であるかのように思わせるために自分をだまし続けてきた。どうして欲しくもない金のために、自分の最低限の基準の金以上のために時間を差し出しストレスに晒されなければいけないのかとずっと考えていた。そして、その考えは間違いだ、もっと頑張らなきゃいけない、もっと稼げるようにならなきゃいけない、これは俺自身の選択で俺は自分で決めたことを貫き通さなければいけないと自分を抑圧し続けている。でも、やっぱりそれは長くは続きそうもないことがここに来て、外資コンサルタントという日本社会にいてこれ以上ないステータスの一つを手に入れて分かった。一度開いた眼は閉じない。一度持ち上がった疑問をどこかに閉じ込めて知らんぷりはできない。心臓が早く脈打つことを無視できるほど強くもない。ここまで進んできた道は俺にとってはたぶん間違いだったし、この先に進み続けても道は間違い続けたままで、苦しいままで、疑問に塗れたままで、その先にあるモノは欲しくないもののままなんだ。

 コンサルとしてもっと高い賃金を得るようになって、実績を積んで、独立して、投資して、金持ちになってタワマンにでも住んで身の回りを高級なもので固めていい人と結婚して子供にはなんだか高級な教育を受けさせるぞと思っていたけど、全部嘘だ。そんなものどれもこれも欲しくない。ただ、そうできるだけの能力が自分にあって、ある以上はそこを目指していかなければいけないと自分を抑圧していただけだ。周りの人間にそうやって吹聴していただけだ。自分で口にしてること全部に泥が塗られているみたいだとずっと思ってた。俺の気持ちではない。それは。

 

だからこのレールはもう降りたいんだ。父さん母さんごめんなさい。期待してくれていたよう人生は嫌です。孫の顔を見せられるかも分からないです。不真面目でごめんなさい。天邪鬼で余計なことばかり考えて一生懸命働けない子でごめんなさい。今まで僕の養育に掛けたお金を全部返したらもう知らない人のふりをしてくれませんか?

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 じゃあ何をしたいの?って聞かれても答えられないのが辛いところですね。あんまりないんですよね、そういうの。コンサルも一年くらいは続けると思います(大学の部活も1年続けるって言って半年で辞めてしまったのであまり信ぴょう性がないですね)。でもあっさり辞めると思います。辞めたら、ジムのインストラクターとかトレーナーになろうかと思います。年収は半分くらいになるかもしれないけど、全然暮らしていけるし、ジムは好きだから今までの仕事よりはましな気がします。肉体労働な感じですけど、なんか楽しそうですし。それが好きになれたら、自分でジムを作ってそれの経営がしたいです。誰でも安くで運動できて、みんなが楽しく働けるいつでも冗談を言っていい職場で、飯を食うのだけに十分な金が稼げる、そんなジムを作って、自分が好きになったやつだけ雇って、たまに大学生みたいなお酒の飲み方をしたり、一緒にゲームをしたりしたいです。休日は本を読んだり音楽を聴いたりしたいです。そんなに難しいことじゃないはずなのにね、本当は。