目覚ましのならない火曜日

4/13(火) 今日は目覚ましが鳴らない。そういう手はずになっている。私はそれを承知していて、たっぷり9時間寝て起きた。朝の9時、もう会社には間に合わない。

明日も明後日も、来週以降も、一か月後も、きっと目覚ましはならない。だから会社には間に合わないけど、問題はない。もう俺の最終出社は完了していて、間に合う必要などないのだから。

 

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 何も知らないまま社会人になり、満足な研修もないまま仕事が始まり、見よう見まねで資料を作り、気が付いたら打合せで主導権を握っていたわけだから、頑張っていたと思う。ただ、その状況が既に気に食わなかった。「あいつは放っといてもそれなりにやってくれるから、任せちゃおう」というのは信頼が厚いといえばそうだが、此方としては「使い潰されてる」といった気持ちが強かった。その努力の先に何か得るものがあればまだ頑張ろうと思えたかもしれないが、特に得るものもない。そもそも、入社して2年そこらでにこなせるようになる業務に得るものなんて有るはずがない。耐えていれば高い給料にありつけるのは確かだが、そんなものに縋っていたいわけではない。

 思い返せば苦しい2年間だった気がする。正直、精神的にはかなり摩耗していた。得るものの無さ、変わり映えの無さ、面白味のない仕事、付き合ってられない社内政治、非合理な選択と決断。それらの不満が「自分がもっと頑張らないと」という責任感や「環境に文句を言う前に自分が変わらないと」という克己心と対立して苦しかった。結果的には環境そのものを移すことを選択したわけだが。

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 堆積する仕事があって、それをどう捌かなければならないのか、捌いたうえでどう資料を作って、どう報告して、どう展開していけばいいのか。前に進むための手はずが頭の中に描けていて、それをするだけの能力が自分にはある。あとは手を動かすだけなのに、一つも手が動かない。やる気が起きなくてできなかった。

 生きていてそんな風に感じたことは一度もなかったので自分でも困惑した。課題があれば真っ先に取り組むし、期限やスケジュールとは関係なしに作業をガリガリ進めるタイプの自分が、目の前の仕事に対して「やる気が起きない」と。

 社会人になって俺は怠け者になってしまったのかと悲しくなれど、手は動かなかった。何も考えずに全部引き受ければそんなことに悲しまずに済むと分かっていても出来なかった。自分のこと鬱やらの精神病の類だとは微塵も考えていないが、彼らの気持ちは少しだけ分かった気がする。「分かっていても出来ない」というのはこんなにも辛いことなのだ。

 幸い、自分の場合はその原因がはっきりしていたのでそれを取り除きさえすればよかった。もはや、今の仕事は続けられない。こんなことを40年も続けていたら、それこそどこかで鬱になってしまう。会社の成り立ち、その存在意義、提供するサービスの内容とその詳細設計、そして仕事内容。どれも好きだった。それ以上に会社の雰囲気と人、風通しの悪さと閉塞感、未来の無さに耐えられなかった。

 最終出社のその日、特に何の感慨もなかった。もう来なくていいのだと思うと嬉しかったし、自分を惜しむ声は心に響かなかったし、早く帰りたかった。それが全てなんだ、ちょっとでも名残惜しい気持ちがあればもう少し続けていたかもしれないけど、そんなものこれっぽっちも無かった。

 ようやく、温いプールから上がることができる。足場の悪さと身を切る風が、今は心地いい。

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 会社を辞めると宣言してから最終出社まで4営業日の出来事でした。誰に引き留められるでもなく、案外スッと辞められるものなのですね。

 会社を辞めようと構想を練っているときは最適戦略は何かと考えていてたのですが、いざ実行の段になると、それが会社への裏切り行為、背信的な行動のような気がして思い悩むことがありました。こんな気持ち前にもあったな、大学の部活を辞めた時です。

 私にとって何かを辞める経験はこれで2回目です。あの時はもっと勉強を頑張りたいと言って辞めました。今度はもっと技術を磨いて独立したいと言って辞めます。今となっては、部活を辞めたのがいい選択だったのかは分からないのですが、勉強に打ち込んで成果を出すことはできました。だから今度も、自分の選択を信じて目標の実現のために頑張りたいという気持ちが強いです。

 不思議ですね。ずっと今の環境に甘えていれば、いちいち悩まなくていいのに。誰かを、何かを裏切っているなんて感じることもなく、日常を守れたのに。でも、そっちの方がずっと面白いって思ってしまうのです。無茶苦茶な人生の方が、面白いと思ってしまう。会社を辞めるなんて、本当は何でもないことなんです。俺が路頭に迷ったら、誰か泊めてください。

 

 最後に、私の父の話をしましょう。この前、少しだけ昔話を聞きました。

「俺が入社2年目の頃、海外赴任中にな、親会社の人間に『君たちが仕事をできるのは私たちのおかげなんだから、黙って言うことを聞いてればいいんだ』なんて言われてな。『お前らがデカい顔できんのは俺らが頑張ってるからなんですよ、発言を撤回してください』って言い返したんだ。そしたら明日から来なくていいって言われてな、言われた通り日本に帰ってきたんだよ。ほんで本社の上司に『いいから謝りなさい、今なら何とかなるから』って諭されて、『謝るくらいなら辞めます』で、会社を辞めたのよ。ま、すぐに転職先見つけたけどな」